私が共感する政治家と企業経営者の共通理念

衆議院選挙の投開票が大詰めを迎えています。私は既に期日前投票を済ませていますが、仕事柄あまりブログ等で政治信条とか外国の政治文化に関わるようなことには言及していませんでした。

私自身は特定政党を支持して投票しているわけでもなく、実際期日前投票では熟慮した結果、選挙区で投票した候補者の政党と比例区の政党名は違っております。では何を投票行動の判断基準にしたのかについて少し述べたいと思います。

何のために政治を目指すのか・・・何のために企業を経営しているのか

今回の衆議院選挙でどうしても嫌悪感を抱いたことがあります。具体的に言えばすぐにわかりますが、自分たちの議席減を少しでも食い止めるため、理念も主義主張の異なる二つの某政党同士が選挙目的だけのために新党を立ち上げたことです。彼らには国民感情はコントロールする対象であって、自分たちの利益しか考えていないということは明らかでした。その支持団体も労組であれ宗教であれ、それこそ政治を国民全体の幸福追求ではなく、一部の利益のために利用しているとしか感じられません。

一方、どういった政治家や政党に共感を覚えたのかについては、「自分の利益でなく、これからの国、社会をつないでいく次世代のために何をどう残していくのかを考えているのかどうか」の一点に集約されます。

これは政治だけでなく企業経営においても同じことです。企業は私たちの先達が作り積みあげてつないでくれてきた価値や文化、社会的資産やテクノロジー、人材の能力を利用させてもらって、企業経営を通じて新たな価値を創造し、その対価として利益を顧客や社会からいただいているわけです。決して経営者一人の力だけで利益を享受しているのではないという思いを常に振り返り、だからこそ企業は社会の公器であって、私たちの次の世代にどう価値を創造して人材を育成し、バトンタッチしていくかを企業経営理念の基本に置くべきたと思うのです。

自分たちの議席を守って議員稼業を行うための政治目的であってはならないですし、企業としても人を騙したり社会に迷惑をかけても自分さえ儲かるのであれば何をやってもいいんだという社会貢献なき経営であっては存在価値はないと強く思うのです。

共感する考え方と共感できない考え方

特定の支持政党はなく自民党の政治には問題もたくさんあるとは思いますですが、少なくとも数多くある政党の主張を見る限り、社会主義的な考え方の政党の主張には全く相容れる部分はほとんどなく、一般的に保守政党の理念に近い考え方に共感を覚えます。それは国、社会が成長発展していかなければ私たちの子どもの世代につないでいくことはできないというのが現実ですし、どちらかというと反対側の政党の主張は、成長発展のために自分たちがどう義務を果たして価値を創造し次世代につなぐことより、今を生きている自分たちが良ければいいといった個人の権利や福祉充実一択の主張がどうも私の感覚と相容れないのです。

私の共感する考え方はただ一つ、「次世代のために今を生きる私たちができることは一体何か、そのために一人ひとりが人生をどう全うするべきか」です。

反感する人もあるでしょうが、私はLGBTQや選択的夫婦別姓の推進には違和感を持っています。なぜなら家庭を基盤に社会を承継してきた2000年以上の日本文化を、今80年程度した生きていない現在の一部の人たちの価値観だけで壊してしまうことにつながるような気がするからです。自分たちの子どもたち世代そしてさらに何代もの子孫が安心して生きていける社会を残していけるのでしょうか。

高市首相が自民党総裁に選出されたとき、また彼女の著書、そして演説会場で繰り返して話していることに私は非常に共感を覚えるのです。

  • 「いま皆様も私も、誰かが命がけで守ろうとしてくださった未来を生きている」だからこそ、「日本列島を強く豊かにして次の世代に引き渡す責任」がある。そのために「全身をかけて働く」

つまり、私たちの祖先が命がけで守っていただいた国・社会で、未来人であった私たちが生まれ現世を生きているのです。これは単に戦争の尊い犠牲への感謝だけを意味しているのではなく、私たちが今の日本で生きているのは、祖先が何代にもわたって自己犠牲もあったであろう世で生きてつないでくれた命の奇跡で今生まれてきたことを考えると、先祖への感謝に留まらず、**現在世代の責任(次世代へ引き渡す)**を政治家も経営者も一人ひとりがあらためて振り返るべきではないでしょうか。

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